住職Diary

◎ヒトの挨拶・ゴリラの挨拶(2020.1028)

 「挨拶」が仏教語だと言ったら驚かれるだろうか。実は私たちが日ごろ何気なく使っている日常語の中には、数多くの仏教語が存在している。

 「挨拶」の挨は「押す」という意味、拶は「せまる」という意味で「挨拶」とは「前にあるものを押しのけて進み出る」ことをいう。それは「私はここにいますよ」と自分の存在を明確に示すことであり、お互いに挨拶をし合うということは、良好な関係を築きたいという意思表示といえないだろうか。挨拶はコミュニケーションの最初の一歩といわれるゆえんである。

 日本を代表する霊長類学者にしてゴリラ研究家の山極寿一・前京都大学総長は、人間と同じヒト科という分類群に属するゴリラの挨拶についてその著書で触れている。

 たとえば森の中など前方を見通しにくい場所でゴリラ同士が出会った時、自分が誰かを相手にわかってもらうための声の出し方やそれへの応答の仕方、適切な距離感を保つための意思表示の仕方など、ゴリラにとってそれら挨拶がお互いに良好な関係を保つためにいかに重要なものかが書かれていて興味深く読んだ。

 また、挨拶の仕方がおかしい時には「それは違う」と叱ったうえで指導をするのだとか。厳しい自然の中で挨拶の仕方を間違うと生死にかかわるということなのだろう。

 まあ、ゴリラと違って生死にはかかわらないと思うが、人間だって挨拶して知らんぷりなどされたら腹が立つし、自分のことが嫌いなのだろうかと勘ぐりたくもなる。

 あたり前のことだが、挨拶されたら気持ちよく挨拶を返す。自分から挨拶をするように心がける。それが人間関係を築く一番の近道であることは間違いないだろう。


◎耕すもの(2020.10.15)

 コロナ禍によって、ポピュラーになった言葉がいくつもある。三密、不要不急、ソーシャル・ディスタンス、テレワーク等々。

 三密とはもともと密教で、仏の身・口・意(しん・く・い)の働きのことで、人間の思惑の及ばないことから三密といわれる。このたびの3密は、密閉・密集・密接のことで、感染症予防のためそれを避けましょうということだ。

  不要不急は「どうしても必要というわけではなく、急いでする必要もないこと」という意味だが、何が不要不急なのかは本来一人ひとり異なるはずだ。しかし、いわゆる非常時には国が不要不急を判断して、国民に対して行動の自粛を要請する。非常時とは災害や戦争などである。非常時にはとにかく「生きのびること」が最優先される。生きのびるための制約ならば、あくまでも「期限付き」を前提として、不承不承ながら受け入れざるを得ない。

 しかしその中で相互監視が働き、受け入れない者は誹謗中傷の対象となる。GPS機能を使って感染者を追跡する仕組みも導入された。平時であれば人権や自由の侵害として、拒否されることが受け入れられてしまう。怖いのはこれが「新しい日常」なるものとして定着してしまうこと。

 そしてどんな場合でも不要不急とされるのは、主に文化・芸術と呼ばれる分野だ。「別にコンサートに行かなくったって、映画館に行かなくったって、スポーツ観戦しなくったって、外食しなくったって死なないでしょ」ということだ。冠婚葬祭も、季節の行事もすべて不要不急に組み込まれ、生活から潤いや喜びが削られていった。

 経典の中にこんな逸話がある。托鉢をしているお釈迦さまに、ひとりの農夫が「修行者よ、私は畑を耕し種をまいて食を得ている。あなたも自分で耕し食を得たらどうか」と言った。それに対してお釈迦さまは「私も耕し種をまいている」と答えられた。男が重ねて「しかし私たちは誰もあなたが田を耕したり、種をまいたりしているのを見た者はない。あなたの鋤はどこにあるのか。牛はどこにいるのか。どんな種をまくのか」と訊いた。お釈迦さまは「私は心の田を耕しているのです」と答えられたということだ。人間はただ食べるだけで満ち足りる存在ではないと諭されたのだろう。

 確かに人は食べなければ生きていけない。しかし食べられさえしたらそれでいいのか、生きのびさえしたらそれでいいのかと問われれば「そうではない」と答える人が大多数だろう。人が求めるのは生きていることの実感、喜びだ。それは不要不急とされるものの中にこそ存在する。

 先日新聞で「コロナ下禍で私たちはひっそりと動物になっていく」という言葉を目にした。「コロナ禍でもテクノロジーのおかげで仕事も食事もでき、収束を待つ姿は巣ごもりに似ている。人間は獣になっていくんじゃないか」と。本来社会を作る生きものである人間の在りようそのものが解体されようとしている。

 文化は英語でカルチャー、つまり耕すということだ。人間が長い年月をかけて耕し伝えてきたものが、どんどん荒れやせ細ってきている。テレビニュースなどでキャスターやコメンテーターが「新しい日常」とサラッというたびに、違和感やある種の怖れを感じる。そして問いたくなる。「あなた方はその言葉の中身をどういうものだと考えているのか」と。

 まあ、世の中の流れはどうでもいい。私は自分に与えられた場をこつこつと耕していくだけだ。仏法に耳を傾け、書を読み音楽を聴き、劇場や美術館に足を運び、人とリアルな空間で顔を合わせ食を共にしながら…。「不要不急」バンザイ! 

 


◎わからなさの意味(2020.20.6)

 先日『正信偈』についてとてもわかりやすく語られている本を読んだ。専門用語は可能な限り避けてあり、例話も身近な出来事が引かれていて、気楽にスーッと読むことができた。

 おそらく著者の意図にも、浄土真宗にあまり縁のない人にも違和感なく『正信偈』に親しんでほしいというものがあっただろうから、その点においては著者の意図はほぼ達成されたと言ってよい。

 しかし読み進めると最後の章に、それだけで良しとない著者の思いが綴られていた。それは著名な通訳者である鳥飼久美子氏の体験に触れながら語られていた。鳥飼さんが通訳を務めたある国際会議が終わった時、外国の出席者からで「今日の通訳は素晴らしかった。自然な英語でよく理解できたし何の違和感もなかった。ただ、日本人の話を聞いて何の違和感もないのはどういうものなのだろう。わかりにくくても、ぎくしゃくした訳でも、オリジナルの日本語をそのまま直訳した方が、あとでより深い理解につながるのではないか?」と指摘されたそうだ。鳥飼さんは「文化の通訳に挑戦していた私にとって、違和感を持つことが理解する出発点になるというのは、痛烈な指摘である」と受け止められたという。

 わからなさこそが、わかり合うことへの入り口であり、わかりやすさは真の理解を阻害するものであるということだろうか。

 先日文化庁が発表した「国語に関する世論調査」(2019年度)に、「国語は乱れていない」と回答した人が、20年前に比べて20ポイント増えたとあった。これに対して識者からは「今私たちは、メールやラインなどで、素人が書いた口語に近い文章をかつてないほど大量に読んでいる。日本語に対する要求水準が下がり、雑になってきたのではないか」「多少間違った表現があっても、素早く返事する方が求められる場面が増えた」などの意見が寄せられていた。

 メールやラインの言葉で求められるのは、わかりやすさとスピードだ。そこでは深く思考された言葉や吟味された言葉は必要とされないのだろう。書くという行為が思考そのものならば、書く言葉が雑になれば思考も当然雑になる。

 某新聞の編集者が「最近日本がどんどん『やさしく』『わかりやすく』なってきているような気がする。機微や行間のような部分は排除されて、受け取る側が想像する余地のない、ストレートで額面通りにキャッチできる伝え方が重宝されている。そういう言葉にばかり触れていると、受け取る側も『わかりやすくない』ものを理解しようとしなくなり、感覚が損なわれているような気がする…」と語っていた。

 メールやラインにあふれているのはまさにこのような言葉だ。それは単に言葉の問題というだけではなく「わからないからわかり合いたい」という、真の理解へつながるかもしれない大切な入口を、塞いでしまうことになってしまうということなのだ。

 わかりやすく『正信偈』を語った先の著者もあとがきで「親鸞が精魂込めた言葉の一つ一つ、漢字の一字一句を、難しく時間のかかることだがきちっと受け止めていかなければならない」と記している。この本はあくまでそのためのきっかけに過ぎない、わかりやすさにとどまってはならない、と。

 世界も人生も「わからなさ」に満ちている。Aというボタンを押しても、Bという答えが出るとは限らない。CもあればDもある。Fだって。「わからなさ」は豊かさでもある。

 「わからなさ」こそが私たちを世界や人生の広さ深さに導いてくれるのではないだろうか。


◎どうでもええやん(2020.9.24)

 先日親戚の寺院の住職Kが亡くなった。癌で去年の暮れから治療を受け、家と病院を行ったり来たりしていたようだが、本人の意向で兄弟以外の親族には何も伝えられていなかったようだ。だから私にとって彼の死はまさに「青天の霹靂」だった。11月の父の三回忌に会えるとばかり思っていたのに…。

 通夜・葬儀で導師を勤めた隣寺の住職が「『どうでもええがな、どうでもええやん』が先生の口癖でした」と思い出を語ってくれた。隣寺の住職・A氏は、父・前住職の逝去により早くに住職を継いだが、周りからいつも「お父さんは立派な住職だった、あなたもお父さんのようになりなさい」と言われ、まだ20代だったA氏にとってそれが大変な重荷だったという。

 ある時その苦悩をKに打ち明けたところ「そんなこと、どうでもええやん」という言葉が返ってきたそうだ。「お父さんはお父さん、あんたはあんたやないか。お父さんはお父さんにできることを精いっぱいやった。あんたはあんたにできることをやったらええやん」と。それを聞いて「『そうか、自分は自分のやれることを精いっぱいやったらいいんだ』と、肩からスーッと力が抜けました」と語った。自分にとって何が「どうでもいいこと」で、何が「どうでもよくないこと」なのか、聞きながら思った。

 仏教だけでなく宗教において信仰の対象として大切に扱われるものを「本尊」という。本尊とは「あなたの人生にとって本当に尊いものは、本当に大切なものは何ですか」と問いかけるものをさす。どうでもいいことに一喜一憂し、どうでもよくないことから目を背けている、そんな私たちのありようを照らし出すものが本尊だ。浄土真宗の本尊は阿弥陀如来。限りない光といのちをもって私たちに「本当に大切なものは何か」と問い続ける存在だ。

 まもなく父の三回忌もやってくる。そして今回の親族の予期せぬ死。それらを通して如来は私に問いかけてくる。「あなたを何を大切に生きるのか」と。


◎「終活」もほどほどに(2020.9.17)

 先日新聞に、あるお寺の掲示板の言葉が取り上げられていた。今お寺の掲示板は、たいそう注目を浴びているらしい。

 「終活することと あなたの成仏は無関係です」この言葉を紹介した僧侶でもある男性は、几帳面に「終活」に励むのは「『迷惑をかけない』ことの最終形」ではないかと問いを投げかける。

 家族形態も変わり先行き不透明な今、「終活」が盛んになってきている。かくいう私も子どもがいないので、先々のことをいろいろ考えなければならないだろうな、とは思っている。終活におけるキーワードはおそらく「迷惑をかけない」ではないだろうか。この迷惑をかけまいという気持ちを先の僧侶は「それは何でも自分で決めたいという一種のエゴだと」と指摘する。

 私たちは自分で選び自分で決めることを良しとする教育を受けてきたように思う。自分で選び決めること、それが自由なのだと。その代わり結果には責任を持つこと、人に迷惑をかけないことが多分セットになっていた。自分で選び決めるということはある種快感である。それがエゴと言われるゆえんなのだろう。「ほっといてよ、自分のことは自分で決めるんだから!」このセリフを今まで何と口にしたことだろう。そのたびに自由なった気分がしたものだ。

 しかし人間は、何でも自由に選べるようでいて実はそうでもない。まず生まれる時。性別も、国籍も、親も、容姿も、生まれる場所も自分では選べない。与えられたものをただただ受け容れるしかない。人生は受け身から始まるのだ。

 赤ん坊のころは24時間介助状態だから、周りには迷惑のかけっぱなしだ。周りがそれを迷惑と思わずに育ててくれたから今私は存在している。おそらくいのち終えるときも誰かの手を煩わせるのだろう。自分で棺には入れないし。

 それに人生にとって重大な転機は、意外と向こうからやってきたりするものだ(偶然といってもよい)。その時の感覚は「選ぶ」というより「受け入れる」と言った方がしっくりとくる。よくも悪くも、人生とはそのようなものではないだろうか。

 「自立とは、うまく依存できること」という言葉があるが、考えてみれば私など周囲に依存しまくっている。でもそれが、他者に生きる場を提供することになったりもする。頼り頼られでよいではないか。「終活」もほどほどに、だ。子どもには散々迷惑をかけられてきたのだから、ちょっとくらい迷惑をかけてやれ、くらいの方がよいと思うが、いかが?

 先の僧侶も言っている。「うまく迷惑をかけあう能力を磨きましょう」と。それが本当の自立であり自由なのだと思う。


◎今・この場を共有する(2020.9.14)

 コロナ禍の中、小中学校でもオンラインでの授業が推進されようとしている。

 先日新聞紙上で、ある公立中学校の校長先生が、そのことの問題点を指摘されていたが、指摘の通り家庭環境や学校における職員の配置、また児童・生徒の個々の能力などについて、よくよく考え議論を重ねたうえでなければ難しいだろうと私も思った。

 特に印象的だったのが、アナログな配慮が十分にできる環境が整わなければ、オンライン授業の成果は上がらないだろう指摘だった。「対面授業の中では、教員は常に40人弱の子どもたちの顔を見ながら、しぐさを確認しながら乗り気にならない子や、ついついおしゃべりをする子も切り捨てることなく、授業を成立させている。こうした対応がオンラインでも可能なのか。おそらく(子どもたちの)集中力が持続しないだろう」と。

 子どもたちの状態を正確に把握(精神面や体調面)できていればこそ細やかな配慮もできるわけだが、それはその場に共にいるからこそできることだ。オンラインでこのような配慮がどこまでできるだろうか。できる子・できない子の格差はいっそう広がるのではないかと現場が危惧するのも無理はない。まずこのような現場の声を聞き、職員配置などアナログな配慮のできる環境を整えることが急務だろう。

 学校の授業だけでなく、各種研修会、コンサートやスポーツの試合なども、オンラインで配信されるようになっている。そのような現状を踏まえて、バーチャルとリアルについて、今さまざまな議論が交わされている。その場に共にいなくても「関係性」も「共在感」もデジタル空間で再構築できるという意見もあるようだが、私にはどうもピンとこない。デジタルとはあくまで必要上のスキルとしてしか付き合っていない基本アナログ人間だから、ピンとこないのだろう。デジタル環境の中で育った若者には共感・納得できる意見なのかもしれない。しかし、オンライン講義の中で孤立感を深めている学生も多いという現実を見ると、やはり人間にとって「今・この場」を共有するということは必要不可欠な営みなのだと思う。

 霊長類の遺伝子を持つ人間にとって、他者とともに何かを同調して行うことは根源的なことなのだそうだ。同じ空間で語り合い笑い食する。それが人生を豊かにすることを、私たちはみな心身の深いところで知っているのだろう。

 


◎友引人形(2020.9.11)

 先日ご門徒のお葬儀を勤めた。経典を読誦する前、ふと視線を落とすとそこに「友引人形」と書かれた箱が置かれていた。「えっ、友引人形?」ご遺族には申し訳ないが、お勤めの間中気になって仕方がない。葬儀終了後、控室でカレンダーに目をやると、案の定その日は「友引」であった。いまだに友引の日に葬儀をしたがらない人は多い。「友引人形」は、その日に葬儀をすれば友を引いていくから、という遺族の怖れやためらいを取り除くために、葬儀社が考え出した苦肉の策なのだろう。

 かつて本願寺教団ばかりでなく多くの仏教教団で、「清め塩」をはじめとする、仏教の教義からすると何の根拠もない迷信や俗信を改めようと、宗派を超えて連携していた時代があった。「六曜」のひとつである「友引」も当然改めるべきものとして取り上げられていた。

 「六曜」は中国の古い占いで、現在の中国では無意味・無用なものとして、すでに廃れているという。「友引」は本来は「共引」であり、勝負ことや戦をする時、今日は引き分けた方がよいという意味だったそうだ。その日に葬儀をすれば友人を引いていくなどというのは、こじつけに過ぎない。

 結婚式や結納を行うのによいとされる「大安」はもともとは「泰安」、つまりこの日は何も行わない方がよいということらしい。それにいくら大安の日に結婚式を行っても,別れるときは別れる。離婚率の高さがそれを物語っているではないか。

 人間はみな「怖畏(おそれ)」を持っている。仏教では人間の持つ怖れを「五怖畏(ごふい)」と、五つに分けて説いているが、「悪名(あくみょう)」のおそれ、つまり「人に何と言われるか」というおそれには根強いものがある。

 「この日に葬式を出して、もし親しい人が死んだら人から何と言われるだろうか」というおそれ、「もしコロナに罹ったら、人に何て言われだろう」とおそれ。それは人をがんじがらめにし、時に人と人の間を分断してしまう。

 迷信・俗信は「怖畏(おそれ)」を巧みについて人間を縛り上げていく。おそれを逃れるために、かえっておそれにとらわれていく私たち。おそれを逃れるために、時には他を踏みにじる私たち。そこからの解放を願われたのが親鸞聖人だった。



◎変わるもの、変わらないもの(2020.9.2)

 子ザルを生まれた直後に母ザルから離し、金網製と布地製の二つの代理母をそばに置く。その時金網の母の方に哺乳瓶を置いても、子ザルは布製の母の方を好んでしがみついたー。米国の心理学者ハリー・ハーロウが行った動物実験の結果だ。子ザルは栄養補給より、心地良い接触を求めたということだろう。

 五感の中で幼い子どもたちにとって重要なのは、嗅覚や味覚、そして触角だと言われている。子どもは口から栄養を取り入れ、母親の体の手触りや匂いを感じながら成長していく。これらの感覚が十分に満たされることで、子どもの情緒は豊かに育くまれていく。つまり心の基礎が築かれていくということだが、この部分がしっかり育まれてこそ残り二つの感覚である聴覚や視覚も順調に育っていく。

 今このコロナ禍の中、オンラインによる授業や研修が盛んにおこなわれている。ある年齢以上であればそれは何の問題にもならないが、保育・幼児教育の現場で危惧されているのが、学校に上がってから困らないようにという名目のもと、乳幼児期からオンラインやタブレットなどに適応させようとする動きについてだ。そうなると保育・幼児教育の場が小学校の準備の場にされてしまう。乳幼児期の持つ、かけがえのない意味や価値がないがしろにされてしまいかねない。

 乳幼児期の子どもにとってまず大切なのは、先にいったように味覚・嗅覚・触覚が満たされること、そして遊びと生活だ。ひとりでまた集団で存分に遊び、友だちや先生と直接触れ合いかかわり合って、さまざまなことを学び体得していく。友だちとのいざこざも成長の必須条件だ。その中で喜び悲しみ怒り痛みなどの感情を、思う存分味わうことだ。それらの体験が十分にあれば、先々オンライン環境に置かれた時、画面の向こうの人々とも良好な関係を結ぶことができるだろう。それを誹謗中傷の道具として使うこともないのではないか。

 サルの毛繕いなど手を用いた親和的な触れ合いは、親密な関係作りのために不可欠な行動だと言われる。「人は霊長類の遺伝子を持っている。これに置き換わる何かを持つほどには、私たちは進化していない」と霊長類学者は指摘する。人間の本質は変わらないということか。

 コロナ後、いろいろなことが変わると言われるが、変わるもの変わらないもの、変えていいもの変えてはいけないもの、ひとつひとつをよく考えていかなければと思う。


◎弔うということ(2020.8.27)

 葬儀の「葬」という文字だが、真ん中の「死」は遺体を表している。その遺体を何かしら台の上に乗せ、その上に草をかぶせたことが埋葬の始まりだと聞いたことがある。縁ある者の死を悼む思い、遺体をそのままにしておくことができないという思いが、葬儀という儀礼を生み出す源だったのだろう。

 葬儀も様変わりしてきたと思う。かつては地域の力を借りながら、自宅で勤めるというのが当たり前のことだった。葬儀はいわば地域挙げての一大事だったわけで、「村八分」の残りの二分が葬儀と火事だというのは頷ける話だ。

 今私の寺でも、通夜も葬儀も100%斎場で執り行われるようになってきた。いわゆる家族葬も増えてきた。「断捨離」がブームになったが、小さくシンプルに、という流れは葬儀も例外ではない。とはいえ、高齢社会になると死者だけでなく、周りも高齢化するので参列者の数もおのずと減ってくる。あえて家族葬と言わなくても、とも思う。

 「直葬」も増えている。様々な事情で直葬にせざるをえない人もいるが、自ら望んで直葬に、という人もいる。葬儀も法事も不要という人が増える中で、それでも弔われることを切実に願う人々もいる。

 東京の山谷地区にある寺には「結」と墓石に刻まれた共同墓があるそうだ。2008年に生活困窮者のために建てられたものだが、当初その寺の住職は「支援団体から相談を受けたとき、日々の生活に困っている人たちに必要なのはお墓なのだろうか」と疑問に思ったという。が徐々にその認識が間違いであることに気づく。路上生活をしていたある70代の男性は、路上生活の仲間と死後も一緒にいられることを心の支えにしていたそうだ。住職は語る。「生きていることの価値の有無を問われてきた彼らにとって、きちんと弔われることは、しっかりと生きてきたことの証になるんです」と。

 そういえば以前、死後同じ共同墓に入ることになっている人達が、折にふれて集まって絆を深めているという話を聞いたことがある。

「死後の世界なんか信じない。死んだら無になるだけよ」と言いつつ、「死んでからまで、あの人と同じところ(墓)になんかいたくない」と一方で言う人がいて、「無になるんだから、いたいのいたくないだの言う必要ある?」とツッコミを入れたくなる。自分の言っていることの矛盾に気づかないわけだが、人の気持ちとは複雑で割り切れないものなのだろう。「無い」は「ある」の裏返しなのか。

 「弔う」は「訪う」だ。先立った者の生きてきた証を訪ねる。先立った者の人生を、生き方を訪ねることは、今現在の生を豊かに深くしてくれる。これからも人は、弔うという営みを続けていくだろう。



◎悲しみへの共感(2020.8.25)

  コロナ禍は、これまで当たり前だったさまざまなことを「できないこと」にしてしまった。家族や親しい人、お世話になった人の葬儀や通夜に参列するということも例外ではなかった。

 事情でお世話になった方の通夜や葬儀に参列できないときもあるが、そんな時は悔恨の念がかなり尾を引いたりする。ましてそれが親子兄弟などの場合、その無念さや悲しみはいかばかりであろう。日本でいや世界中で、その無念さや悲しみをかみしめている人は、今無数にいるにちがいない。

 死はその人が確かに生きたという証である。私たちはそのことを通夜や葬儀などの儀礼を通して感得し、その人の人生に思いを巡らせ、その人とのかかわりを確かめ、その死を受け入れていく。それは、それぞれが感じることであると同時に、その場にいる他の人と共感し合えるものでもある。共に感じる世界を持つことで、人間の記憶は受け継がれ伝えられてきたにちがいない。

 コロナで亡くなった大切な家族・親族と死後の対面もかなわず、葬儀らしい葬儀も行えなかった。その上無用の心配をかけないために、あるいは誹謗中傷を避けるために、周囲にその死因を隠さなければならない、そんな遺族も多いという。

 コロナのために家族を亡くした人の悲しみが「公認されない悲嘆」になっているとグリーフ・ケアの専門家は指摘する。「悲嘆は分かちあうことでやわらげていくことができる。コロナと同じように突然の死をもたらした東日本大震災では、悲しみへの共感と連帯がかなりあった。だが、今回は見えにくい」と。

 悲しみへの共感が断ち切られた世界は殺伐としたものである。そのような世界を、私たちは決して望んでなどいないはずだ。コロナ禍で「できないこと」にされてしまった「悲しみの共感」を、もう一度とりもどしていこう。それがどんなに豊かなものかを、語り合いながら。


◎隣り合うということ―並んでみようよ(2020.8.20)

 漫画家であり、江戸時代風俗研究家でもあった故杉浦日向子に『恋人たちの食卓』という短編エッセイがある。

 恋人たちが距離感を縮めるためには、何をどう食べたらよいかを指南(?)しているが、恋愛心理の機微がよくとらえられていて味わい深い。男女の仲は、こじゃれたレストランやカフェやバーで飲食を共にしていたのでは、いつまでたっても進展しない、行くならラーメンや焼き鳥やおでんなどのカウンターに行き、相手を観察するのが一番だと杉浦は言う。

 「…ふたりの食事のときには、たいてい、向き合って座るでしょう。恋人だったらだめだめだめ。正面から見つめられると、ひとは無意識に顔を作るから、本音が見えない。並んで座って、ふと横顔を見てごらん。無防備に、くつろいでいるから、それがそのひとの素顔なんだよ。並んで座ろう、並んで食べよう…」

 この文章を読んで、私の頭に浮かんだのは、日本の幼児教育の父と言われる倉橋惣三のことだった。倉橋は親子のかかわりについて次のように語っている。

 「真向き、横顔、後ろ姿と三つ並べて、それはもとより別々の母の姿ではない。ひとりの母が持つ三様の態度に、それぞれ貴重な教育価値を認めるのである」と。

 真向きとは、子どもと親が向かい合うこと、一緒に遊んだり絵本を読んであげたりすることが、これにあたる。後ろ姿は、親が仕事などでがんばっている姿を子どもに見せること。そして横顔とは、横に並んで同じものを見合うようなかかわりのことだ。横に並んで同じものを見る、同じことをする。子どもは親の横顔を見て、幸せを感じるという。

 大切な相手と真向かいに向かい合うことは、もちろん大切なことだ。しかしいつも向かい合っていると、時に息が詰まることもある。また、つらいときや悲しいときには、面と向かって慰めや励ましのをかけられるより、さりげなく隣に寄り添ってもらった方がいいこともある。

 「結婚したら、お互いに見つめ合うより、同じ方向を見た方がよい」とは、誰の言葉だっただろう。人と人とのかかわり合いとは、実に多様なものである。



◎正しさという暴力(2020.8.19)◎

  広島、長崎への原爆投下。そして終戦。8月は「戦争」や「平和」というものを、強く意識させる月でもある。

  さて、英国の貴族出身で労働党員として活躍したアーサー・ポンソンビーは『戦時の嘘』という著作の中で、戦争プロパガンダは10項目の法則に集約できるとしている。戦争に全身全霊を集中させ、相互監視のもと戦争に自発的に協力す国民を作るための法則である。

 「①我々は戦争をしたくない②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ③敵の指導者は悪魔のような存在だ④我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う⑤我々も誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている⑦我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している⑨われわれの大義は神聖なものである⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」

 どうだろう?徹頭徹尾自分たちは正しい、自分たちに非はないということが主張されてはいないだろうか。自分たちが正しいということは相手が悪い、間違っているということである。そしてそこから導き出されるのは、その悪い奴らを懲らしめるのは当然だ、という考えである。自分たちにも非あるのでは、などと間違っても考えてはいけない。そんなことを思えば相手を懲らしめることなどできなくなるからである。そうやって、人々を心身丸ごと戦争に駆り立てていく。

 こうなると正しさは暴力そのものである。最近もその暴力が振るわれた。コロナ禍においては「自粛」が正義とされたが、それを自発的にチェックする「自粛警察」と呼ばれるものがそれである。夜自粛要請のあった時間を過ぎて営業をしている飲食店がないかを見回る。見つけたら、電話をしたり場合によっては張り紙を張る。嫌がらせの文書を郵便受けに投げ込む、警察に「取り締まれ」と迫る。正しさの、なんと恐ろしいことよ。

 仏教では、人間の求める幸せの中身を「常・楽・我・浄」と表していると以前書いた。「浄」は、自分は正しい、間違っていないと自ら思い、人からもそう思われたいということだ。それが幸せの中身なら、幸せを求めるということは他者に対しては暴力性を持つということになる。

 今月のカレンダーの言葉は「平和―大切なのは心の抑止力」だが、抑止力となるのは自らの持つ暴力性に気づくことと、過去の歴史に学ぶことではないだろうか。

 ちなみに、今年の戦没者追悼式での首相の式辞から「歴史の教訓」が消えたということである。



◎手書きの力、書くということ(2020.8.7)

   『美しい痕跡―手書きへの讃歌』は、イタリアを代表するカリグラフィー、フランチェスカ・アニゼットンの著書だが、手で書くことと思考の関係や、手書きの唯一性、紙や筆記用具など、さまざまな視点から「手で書くこと」の意味が考察されている。

 読みながら、思い浮かべたのが「日本縦断こころ旅」という番組だった。俳優の火野正平が、自転車で日本全国を守り、視聴者の「こころの風景」を訪ねるというものだ。番組の中で視聴者からの手紙が紹介されるが、見ていて感じるのは、手書きの手紙とパソコンで作成した手紙の違いだ。

 どちらの手紙にも、当然のことながら筆者の思いがこもっている。しかし、パソコンで作成した手紙は、何か薄い皮膜のようなものに覆われていて、文字から思いが溢れ出してこないのだ。対して手書きの手紙からは、筆者の思いが強いバイブレーションとなって、こちらの心に伝わってくる。上手・下手など関係なく、文字がその人の思いそのものとして心に食い込んでくる。

 私も手書きの手紙やはがきを、時折いただくことがあるが、書き手自身が文字となって、そこに刻まれているようで、その存在を強く感じる。

 研修会なども最近は、あらかじめ用意された資料とパワーポイントを使って進められるのがほとんどだ。それでも講義を聞きながらメモを取るが、後で見返すのは資料ではなく、自分でとったメモの方だ。メモを見ると、その時の講義が臨場感のようなものを伴って、思い出されたりする。

 アニゼットンの考察は、テクノロジーの恩恵を十分に自覚しつつも、そのことによって失われたものについても及んでいる。手書きの意味について、そして得たものと失ったものについてなど、いろいろ考えさせられた。最近遠ざかっていた毛筆の稽古を、再開させようかしら。

 とはいえ、私も日常すべてを手書きにしているわけではない。本や新聞の印象に残った言葉や、ふと心に浮かんだことなどはノートに書き留めるが、事務文書をはじめとする文書類はパソコンで書く。もちろんこの文章も。

 どちらにせよ、書くことの重要性はいつも感じている。なぜなら自分の中にある漠然とした思いや考えが、書くことによってくっきりと姿を現し形となるからだ。ある本に「『読む』と『書く』は呼吸の関係。よく吸う(読む)ためには、よく吐く(書く)ことが重要」とあった。書くことによって、読むだけの目には写らない、新しい意味を感じることができる、と。

 立ち止まって、深々と呼吸をする。そうすることで自分の中にめざめてくるものがある。

 

 


◎自分を守りたい―常・楽・我・浄(2020.8.4)

 「コロナウィルスに感染したら、犯罪者扱いされてしまう」と怯える人は多い。感染したがために会社を解雇されたり、地域に住めなくなる人がいる。自死する人も。「いつの話」と言いたいところだが、2020年現在の話だ。恐怖から起こる排除と差別の本性が、コロナ禍によってあらわになったといえる。

 3月下旬から4月中旬にかけて、日・米・英・伊・中の5ヶ国で、ある研究グループが一般市民調査で、「感染する人は自業自得だと思う」と答えた人が、日本は断トツ1位だったそうだ。感染したのは自己責任というわけだ。

 この自己責任という言葉、以前よく耳にしていた時期がある。中東やアフリカで、日本人ジャーナリストやカメラマンが誘拐されたり、殺害された時期だ。同時期、欧米のジャーナリストやカメラマンもそのような目にあっていたが、欧米では自己責任ということは言われないと聞いた。

 いつから、自己責任ということが強く言い出されるようになったのか。研究者は、日本社会が1990年以降、新自由主義的価値観に基づいて行政・経済・司法制度の改革を行ったころからではないかと分析する。リスク、自己責任、ガバナンス、コンプライアンスといった新しい語彙は、当初は企業や法曹の在り方を規定するものだったのに、やがて日本人一人ひとりのふるまいを規定し、新自由主義的な思考を内面化させていったのではないか、と。

 自己管理を怠ったものは、罰せられ、差別され、排除されても仕方がない。それは自己責任なのだから、ということなのだろう。しかし、そのことに対して「いけないとか、人間として恥ずかしいこととかいう道徳的・倫理的な説得をしても、おそらく効果はあまりない」と語る人もいる。「『避けたい』言う感情は、意識して抱くものではなく、湧き上がってくるものなので、それを抑えるのは難しい」からだという。湧き上がってくるもの、これこそ「本性」というものだろう。

 仏教では、人間が求める幸せの形を「常・楽・我・浄」という言葉で表している。「常」とはいつまでも変わらないでいること、「楽」とはすべてが思い通りにいくこと、「我」とは、自分がいつまでも中心であること、「浄」とは、自分は正しく非難されることは何もないと思うこと。「常・楽・我・浄」を求めるということは、言葉をかえれば「自分を守りたい」ということだ。だから、それを犯すものに対して恐怖を抱き、徹底して排除しようとする。

 歴史をふりかえれば、関東大震災の時の朝鮮人虐殺、ナチスによるユダヤ人大量虐殺、またハンセン病患者に対する隔離政策などは、まさに「自分を、自分の民族を守りたい」という思いが、極度に先鋭化したものだ。後世の私たちはその歴史を汚点として、醜悪なものとして批判する。しかし私たちは、今このコロナ禍にあって同じことを繰り返しているのではないか。

 自分のすべてを自分で管理できるなどと思うのは傲慢だ。私たちは意志の存在であると同時に、縁や偶然によって揺り動かされる存在でもある。だから「自分を守ること」は、究極できない。そのようなものとして、自分が存在していることに、まずは思いをいたしてはどうだろうか。

 

 


◎料理は科学ー『科学する心』(池澤夏樹・集英社インターナショナル)2020.7.30

 料理は好きな方である。別に手の込んだものを作るわけではないが、自分の毎日の食事は、できるだけ自分の手で整えたい。それは健康のためでもあり、いい気分転換にもなるからだ。

 ところで、最近、科学関係の本を手にするようになった。コロナ禍以降、新聞や雑誌などに頻繁に、ウィルスや感染症についての論考が掲載されるようになったが、それらに目を通しているうちに、興味が湧いてきた。

 この本の著者・作家の池澤夏樹は「アマチュアの科学ファン」を自称するが、その博識ぶりには驚かされる。この本について、とある雑誌の対談で「科学を知識として学ぶのではなく、心で受け止める。それも一人ひとりの心で受け止めることを大事にしたい。社会にとって科学とは何か、ということより、個人にとって科学とは何か、という問いをまず出したかった」と語っている。

 進化と絶滅に関する章や、AIに関する章など、どの章も興味深かったが、「個人にとって科学は何か」という点でいうと、料理について触れられている第六章、「体験の物理、日常の科学」が日常に即していて、親しみを持って読むことができた。

 料理は五感を総動員して行う作業である。まずは、ざっとその日の献立をたてる。何品にする?主菜はこれ。では副菜は?次に目、口、鼻を使って素材を確かめる。傷んでいないかどうか。献立は栄養のバランスだけなく、色のバランスも重要だ。目で食べるというではないか。そして素材をおいしく味わうための、水加減、火加減、味加減を考える。この「加減」「塩梅」が大切だ。そしてすべての料理が、大体同じころ合いで出来上がるためには、時間のシュミレーションも必要になる。

 これら、科学的に裏付けることの可能な一連の作業を、皆だいたい勘でやっているわけだが、池澤氏は料理を「身体的感覚を用いる科学の第一歩、ブラック・ボックスに対抗する仕事」と位置づけている。デジタル機器とプラスティックに囲まれた日常の中で、自然に触れる機会が料理だと。料理とは、科学の原理がごく日常的に、目に見える形で現われたもの、ということになるのだろうか。

 著者は先の対談の中で、「人それぞれ違う場所で違う生き方をしてる。それをお互いに知ろうとすることも、大切な科学する心なのかもしれない。つまり知識や経験を共有すること。そして普遍性を求めるということ」とも語っている。

 五感で感じ、知りたいと思い、共有したいと願う。科学する心は、そこから始まるのかもしれない。 

 

 


 ◎耳をすます(2020.7.28)

 大きな言説が世を覆うとき、私たちはどのようにそれと向かい合うのだろうか。覆われるままになり、流されていくのか。それとも振り払い、杭を立てて抗おうとするのか。

 コロナ禍で、頻繁に耳にするようになった「夜の街」という言葉。その言葉を使うとき、私たちの中に差別や排斥意識は働いていないのか。多くの感染者が出たことや、政治家・行政の首長などの言説もあって、今日本では「夜の街」は、諸悪の根源扱いだ。きちんと感染症対策をやっていたり、生活のためにまじめに働いている水商売の人たちも、世を覆うその言説の中では、言いたいことがあっても声を上げにくいのではないだろうか。その中で、大きな声はより大きく増殖し、声なき声は、無いものとして行き場を失っていく。

 女性史研究家の山家悠平さんによると、戦前過酷の状況下で、自分たちの待遇について、異議申し立てをした遊郭の女性たちが存在したという。日本では明治期に「近代公娼制」が導入されたそうだが、1920年から30年代にかけて、多くの女性たちが遊郭でストライキを起こし、食事の改善や病気になった時のことなど、自分たちをちゃんと人間として扱ってほしいと、労働環境の改善を訴えたのだそうだ。ストを遊郭の外から支援した人々もいたが、彼らは女性たちの仕事をなくすことにもつながる「廃娼」をめざしていたそうで、現場で働く当事者の思いと、それ以外の人々の思いの間には、大きな隔たりがあったという。遊郭でしか生きていけないと思い定めた女性たちにとって、「廃娼」運動は、ありていに言えば「有難迷惑」だったのではないか。「もっとちゃんと、私たちの声をきいて、思いを聞いて」と言いたかったのではないだろうか。

 谷川俊太郎の「みみをすます」という詩の中に、「ひとつのおとに ひとつのこえに みみをすますことが もうひとつのおとに もうひとつのこえに みみをふさぐことにならないように」という一節がある。

 私たちの耳は、自分に都合のよいことを聞き分ける勝手耳だ。自分の思いに合うことなら受け入れるが、そうでなければ受けいれられない。そんな私たちだからこそ、このコロナ禍の世だからこそ、この詩を深く心に受け止めたい。

 観音様は正式には観世音菩薩といい、世の人々の声を観て(聞いて)、その苦悩を救済する菩薩で、人々の姿に応じて大慈悲を行ずるという。観音様は、大きな声ではなく小さな声や声なき声に、より深く耳を傾けられるに違いない。思いをくみ取ろうとされるに違いない。

 むろん、私たちは観音様ではないが、せめて耳をすまそう。立ち止まって考えよう。覆われないために、流されないために。




◎法とは何かー『流人道中記 上・下』(浅田次郎・中央公論社)2020.7.24

 以前、『誰のために法はある』という、法学者が高校生に法について語ったものを、まとめた本を読んだことがある。

 「法とは何か」「人間の生活に、法はどのようにかかわっているのか」などを解き明かすためのテキストとして使われていたのが、『アンティゴネー』などのギリシャの古典文学(戯曲)や、『近松物語』・『自転車泥棒』といった映画だった。ドラマを通して語られるので、とても分かりやすく、こんな授業だったら、「法」が私たちの生活にとって、身近であることが納得できて楽しいだろうな、と思ったことを覚えている。

 『流人道中記』の根底に据えられテーマも「法」である。万延元年、大身の旗本・青山玄蕃は姦通を犯したとして、流罪(松前藩預かり)となる。その玄蕃を津軽・三厩まで押送することになったのが、19歳の見習与力、石川乙次郎だ。二人は約1か月かかる奥州街道の旅を共にする。映画でいうところのロード・ムービーだ。

 この玄蕃という男、実に魅力的だ。気取ったところが全くなく、豪放磊落にして明朗闊達。しかし若くて生真面目な乙次郎には、下品でいい加減で、箸にも棒にもかからぬ男にしか見えない。第一、将軍のそば近く使える大身の旗本が、姦通罪を犯すなど、破廉恥で武士の風上にも置けぬ許しがたい奴ではないか。しかし、玄蕃の大身の旗本らしい、付け焼刃ではない気品や凛とした佇まいには、会う人会う人が、自然に一目も二目もおいてしまう。それが乙次郎にはまた、いまいましい。彼は思うのだ。「この男の中には、二人の玄蕃がいるのではなかろうか」と。

 ふたりは道中、さまざまな事件に出会う。それらはすべて背後に「法」が絡んでいるが、その中で苦悩する人々を、玄蕃は決して見捨てず、バランスの取れた理と情をもって、それらの事件を見事に捌いていく。それを目にする中で、乙次郎の玄蕃に対する視線は変わり、同時に「武士とは何か」「法とはないか」などを、改めて問い直していくのだ。「…本来は各々が心得ねばならぬ当然の道徳こそが礼。功利や我欲によって礼を失ったがゆえに、法という規範が必要とされるようになった。すなわち僕らが、全能と信ずる法は、人間の堕落の所産に過ぎぬのです」と。「玄蕃は礼の人だ」と。二人の距離は、次第に縮まっていく。師匠と弟子のように。父と子のように。

 物語の終盤、姦通罪は冤罪であったことが明かされる。「叶うことなら、空や海が極まるところまで、この人と歩きたかった」と思うほど、玄蕃を敬慕するようになった乙次郎は、泣いて悔しがる。「なぜ悪をこらしめぬ、どうして正義を貫かぬ」と。「武士という存在の理不尽と罪を、おのが身で贖うために、敢えて罪を引き受けた」そう語る玄蕃には、自らやらねばならないことをやり切った人の持つ、清々しさが漂う。最後、二人の別れのシーンは、乙次郎の人間としての成長が鮮やかな印象として残り、悲しみよりも希望のようなものを感じた。

 「法とは何か」「武士とは何か」「家」とは何か。深々とした余韻を味わいつつ、思いを巡らすことだった。



◎「心で光るもの」(2020.7.21)

 「絵本は光らないですけど、動画は光ります。光るものに目が行ってしまうのは、本能ですからね」。これはある歌人が、絵本の打ち合わせの席で、編集者から聞いた言葉だという。やけに印象に残ったそうだ。

 本能と言われれば、確かにそうに違いない。それを認めつつ歌人は、「しかし」と思ったのだろう。光を感じさせる、いくつかの短歌を紹介してこう書く。「短歌は光らない。でも目を閉じたとき、心のなかで光る。削除されることなく、千年のちまでも」と。

 それならば私は、「光」を感じさせる絵本を紹介しよう。

 『よあけ』(ユリー・シュルビッツ、瀬田貞二訳)は、夜明け前から夜が明けるまでの時間を描いた作品だ。その静謐な時間が、詩的で簡潔な言葉で綴られる。ページを繰るごとに、朝が刻一刻と近づいてくるのを感じる。抑えた色調が、次第に光を含みながら微妙に変化する。その色彩の絶妙さ。湖のほとりで夜明けを待っていた祖父と孫が、ボートで湖に漕ぎ出して間もなく夜が明ける。「やまとみずうみが、みどりになった」

 そのページを開いたとき、おもわず「ああ」と声をあげてしまった。舞台の緞帳が上った時、それまでとは全く違う光景が広がっていて、目を見張ることがあるが、その時のような驚き。

 なだれ込むような、圧倒的な光の量。満ち満ちる朝の光。夜との決別を、こんなにも鮮やかに描いてみせるとは。そのページは私の心に刻まれ、そして目を閉じても、その光景がありありと目に浮かぶ。そう、心のなかで光っている。

 心で光るものを、どれだけもつことができるのか。それは多分、幸福というものともつながっている。


◎「読書日記」(2020.7.16)

 『居るのはつらいよーケアとセラピーについての覚書』(東畑開人著・医学書院)

  大学で臨床心理学を修め、悪戦苦闘の就職活動の末に、沖縄のとある精神科デイケア施設に、職を得た若き心理士。専門分野を生かせる、と意気込んで飛び込んだそこで求められたのは、セラピーであるよりはケア、「する」ではなく「居る」ことだった。

 この本は、その現場での経験をもとに書かれた「ケア」と「セラピー」についての考察の書であり、著者の言葉を借りて言えば、「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語だ。

 私たちは、限界を持った存在である。諸行無常の理の通り、いつまでも若くはいられなし、病気にだってなる。それはいつまでも「する」存在ではいられない、ということだ。誰もがいつかはいやおうなしに「居る」存在になるわけで、そのことを丸ごと受け止めてもらい、許してもらわなければ居られなくなってしまう。そして「居る」ためには、人の手が、人の時間が要る。つまりケアが必要不可欠となる。

 著者はケアを「傷つけないこと」、セラピーを「傷つきに向かい合うこと」を表現する。ケアもセラピーは人を援助する「成分」であり、ケースによってその「配分」が変わってくる。ケアとセラピーは別のものではなく、表裏一体の関係にあるものであると。

 最初は戸惑っていたものの、次第に「居る」ことに意味を見出し、充実した日々を過ごす著者だったが、信頼する同僚たちが一人また一人と職場を去っていく。著者自身も体調を崩し、重苦しい空気が立ち込める中、「居る」を脅かすものの正体を追い始める。そして次のように解析する。

 『「いる」の本質的価値が見失われているのに、ただ「お金になるから」という倒錯した理由で「いる」が求められる。その時「いる」は金銭を得るための手段へと変わる。ブラックデイケアはこのニヒリズムが立ち込めることによって生ずる。「いる」が経済的収益性の観点から管理されてしまう。あるいは、様々なケアする施設でのケアする人の苦しさもニヒリズムから生じる。「いる」を支えることのコスパが計算されるから、ケアする人の「いる」は使い捨てにされてしまう…』「いる」を脅かす正体はニヒリズムであり、それは自分自身の中にもあると気づくのだ。やがて著者もここを去る。

 「誰かに依存していることを忘れるほどに依存できている状態が自立です。人が自らの足でたてるのは、ところどころに目に見えない椅子がきちんと用意されているからです」。この本が「大佛次郎論壇賞」を受賞した時の著者の言葉である。 

 もちろん、私にもあなたにも、無数の「目に見えない椅子」が用意されている。

 


◎「触れ合いは欠かせない」(2020.7.15)

 新型コロナウィルスの感染防止対策の核は、人と人との触れ合いや関わりを止めようというものである。三密や県をまたいでの移動の抑止などがそれであろう。少子高齢化や過疎化の中にあって、人と関わることの大切さ、触れ合うことの大切さが強調されてきただけに、それらを抑制しなければならないことに対して、戸惑いも多いことだろう。

 ところで仏教に、「四食(しじき)」の教えがある。四食とは、人間に生まれたものが育つのに必要なものを「食物」にたとえた教えである。①「段食(だんじき)」は日々の食事のこと。私たちは他の「いのち」をいただいて生きている。

②「識食(しきじき)」は学ぶこと。知識の識である。私たちは学ぶことによって、知識を得、自分を知り他者を知り、世界を知る。学ぶことによって生活の糧を得ることができる。

 そして3番目が「触食(そくじき)」、つまり触れ合うことである。子ども園、保育園、幼稚園など、幼児教育・保育の場はまさに「三密」の場である。密にかかわらないと仕事自体が成り立たない。子どもたちと密に触れ合わなければ、保育などできないのである。

 皮膚と皮膚が触れ合うことは、生物全般特に哺乳類には欠かせない。心身の発達や成長には皮膚からの刺激があるかないかが、大きな影響を及ぼす。子どもは親や信頼する大人にくっつくことで不安をやわらげ、人の温かさや優しさを五感で感じ取るのである。そのことで得られる安心感が自立へのゆるぎない基盤となるのである。

 おとなだってそうだ。親しい人、大切な人とともに過ごすことで得られる楽しさや安心感は、ポジティブな感情を生み出す。だからこれが奪われるということは、そのポジティブな感情も奪われるということだ。その状態が長期にわたると、免疫力が低下するなど、心身にも悪影響を及ぼすということだ。

 触れ合いには「集う」ということも含まれる。集うことで人間関係を作り、会うこと・集うことを重ねる中で、その関係を親密にしていくことができるのだ。その集うことも、今はなかなか難しい。

 「新しい日常」と言われるが、触れ合わないこと・関わらないこと・集わないことを、常のことになどしたくはない。それはあくまで暫定的な「非日常」だ。いかにネットが進化しても、やはり人は直に接し、同じ時間と空間を共有しないと、「よく生きる」ことのできない生きものではないだろうか。触れ合ってこそ私たちは、人の優しさやぬくもりを感じ、生きることに喜びを感じることができるのだ。

  さて、四食の最後は「思食(しじき)」だ。これは、私のことを思っていてくれる人、心配してくれる人がいるという実感、つまり自分は、願われている存在であるという実感だ。これは生きている人だけとは限らない。私たちは亡き人からも願われているのではないだろうか。

 むろん、阿弥陀様は、これまでもこれからも、いつも私たちのことを思い案じ、寄り添ってくださっている。

 



 ◎「待たれているということ」(2020.7.13)

  私たちの世代に共通の話題がある。それは親の介護や看護の話だ。もちろん、私にとっても他人事ではない。

 私の母は90歳。まだ介護は必要ないが、「お世話」は必要である。日常生活のサポートが必要だということだが、そこに夕食作りが加わってから、私の生活の軸の立てどころが変わってきたように思う。つまり、そこを基軸として一日を組み立てるようになったということだ。

 家事の中で、食事作りにはある種の拘束感が伴う。掃除や洗濯はしなくても死なないが、食べないと飢えて死ぬ。なので朝夕台所に立つことになる。私はもともと料理が好きだし、朝ごはんは自分にとっても大切だと思っているので、朝食作りは全然苦にならない。が、夕食も作らなければならなくなった時脳裏をよぎったのは、「ああ、縛られることになるなあ」ということだった。夕方時間を気にせずに何かをする、ということをあきらめなければならならないな、と。しばし、重苦しい気分に襲われた。しかし、これは私がしなければならないことだから、と受け容れ、母にできるだけおいしい夕食を作ってあげよう(もちろん自分もおいしいものを食べたい)と思いなおすと、不思議に苦にはならなくなった。また、そこを基軸に一日の時間の過ごし方を考えることで、仕事もその他やりたいことも、ほぼほぼできている。まあ、旅行などはお預けだが。

 「待たれているということが、これほどまでに人間を抑制的にし、義務感をもたらし、規則正しい生活に引き込むなどとは…」これは珈琲店を営む文筆家・平川克己さんの言葉だ。お父様の介護で、毎日朝夕の料理を作るようになるまでは、自分がこのような思いを抱くようになるとは、想像もできなかったそうだ。自分がだれかに待たれていると悟った時、暮らしの軸がぐいと動いたと。

 そう、私も待たれているのだ。待たれている存在であると自覚した時、「抑制的」であること「義務感」を持つこと「規則正しい生活」をすることは、だれかに強制されたものではなく、充実した生活をおくる基軸になるのだ。

 今後、母の状態で軸は動いていくだろう。その時はその時。今は今を楽しもう。


◎「読書日記」(20207.10)

 『武器としての資本論』

      (白井聡・東洋経済新報社)

 『資本論』?もちろん名前は知ってるし、著者がマルクスであることも、歴史的に重要な書物であることも知っている。そういえば学生時代、チラッとのぞいたことがあったっけ。私にとって『資本論』とはそんな存在だった。この本を読もうと思い立ったのは、以前読んだ著者の本が面白かったことと、新聞紙上の書評を読んでのことだった。


 著者は冒頭で、こう語っている。「帰宅ラッシュ時の電車に乗っていると、目の前に立っている30歳前後のサラリーマン風の男性が文庫本を読んでいた。こんなギュウギュウ詰めの電車の中で、何で無理やり本なんか読んでいるのだろう、と少々不愉快な思いになりながらのぞき込んでみると、それは『資本論』だった。私は驚くとともに感じるものがあった。ああ、確かに『資本論』はこうまでして読む本だよな、とその姿にまさに生きた『資本論』を見たと思った」と。


 この本は『資本論』のオーソドックスな入門書・解説書ではなく、『資本論』が、いかに現代資本主義のありさまを鮮やかに照らし出しているか、資本主義の世の中を生き延びるための本当の意味での武器であるかを伝えるために書かれたものである。


 とはいえ『資本論』なのだから、「商品」「包摂」「余剰価値」「本源的蓄積」「階級闘争」など、マルクス経済学の重要概念も当然出てくる。しかし、それを決して上から目線でなく、ともに考えようという姿勢で、穏やかに丁寧に語ってくれているので、読んでいると視界が晴れるような清々しさを感じる。


 最も重要なことは、資本主義というのは、「最初からずっとそうであり、未来永劫そうである」という自然なものではなく、歴史的起源を持つものであり、起源があるということは終わるものでもある、という指摘だろう。


 また、資本主義を内面化した人生から脱出するために必要なものは、「人間の基礎価値」を信ずることだと語る。それこそが、人間を労働価値のみで測り、「人間の基礎価値」の忘却を強制するものへのアンチテーゼとなると。


 この部分を読んだとき、私の頭に浮かんだのは、念仏の教えによって人間としての尊厳を取り戻した人々の姿だった。平安末期専修念仏の教えてあった人々は、当時仏教の教えでは救われ難いとされた人々だ。あまりの勢いを恐れた南都北嶺は、彼らの言動を盾に念仏を弾圧した。その言動の中には、念仏を申せばどんな悪を働いてもかまわないなど、あってはならないものもあったが、見方をかえれば、それまで権力者たちに弾圧され虐げられていた人々が、念仏によって生きるエネルギーを得た、ひとつの証とも言えるのだ。本当のエネルギーとは、押さえてもおさえても湧きだしてくるものではないだろうか。それこそが「生き抜く力・生き延びる力」となる。念仏は今、そのような力になっているだろうか。


 著者は、教養の書、歴史の書としてではなく、「生き抜く力・生き延びる力」としての『資本論』を示してくれる。ただし、本当の意味で武器になるものは、ググれば手に入るものではないし、自己啓発書でもない。まともなものを手に入れようとすれば、それなりの努力が必要だとくぎを刺す。『資本論』は、そうした努力を払うに値するものだと。

 結びに著者は、「重要だけど、言及することのできなかった概念・論点が多数ある」と語っている。それが語られるのを心待ちにしたい。







 ◎「音楽の喜び」(2020.7.8)

 先日、久しぶりにコンサートに行ってきた。場所は霧島のみやまコンセール。コンサート専用のホールで、音質の良さには定評がある。ここに足を運び始めて、もう四半世紀にはなるだろうか。

 今回は、昨年度の日本音楽コンクールの各部門の優勝者のコンサートだった。このようなご時世ゆえ、観客数を絞るなどの制約の多いものだったが、久しぶりに聞く生の音楽は、文字通り五臓六腑に染みとおるようだった。

 たおやかで、包み込むように柔らかいフルートの音色、ピアノは見事なテクニックで聞かせるバッハ、そして入魂のリスト。1716年製のストラディバリウスから繰り出されるバイオリンの音色は多彩にして感情豊か。緊迫した演奏に、最後まで息をつめて聞き入った。そして、突き抜けるような伸びやかさと響きを持った、若々しいテノールの声には心が弾んだ。いずれも清新な才能のきらめく演奏だった。やはり生で聞く音楽はいい。若き音楽家たちの前途に幸あれ!

 今、コロナ禍の中、ライブ配信で音楽や演劇を届ける動きがある。それは新しい可能性の一つとして否定されることではない。しかし、それはアーティストと聴衆が、その場・その時を共有するからこそ得られる、あの細胞の隅々が活性化するような喜びとは、また別のものだと思う。

 日本をはじめとして、世界各地のオーケストラも、奏者と聴衆の安全を守りつつ、最高のクオリティで演奏を届けることのできる演奏形式を模索しているようだ。その中でどのようにして採算がとれるようにするかなど、さまざまな困難を伴う道のりだという。是非ともそれを乗り越えて、私たちに音楽のすばらしさを届けてもらいたいと思う。


◎「ピュシスとロゴス、あるいは四苦と煩悩」(2020.7.6)

  生物学者の福岡伸一氏のエッセイが、新聞で連載されていて(不定期)、いつも興味深く読んでいる。福岡さんは生命としての身体を、自分自身の所有物に見えて、決して自らの制御下に置くことができないものと位置づける。いつ生まれ、どこで病を得、どのように死ぬか、知ることもえり好みすることのできないものだと。これが本来の「自然」で、ギリシャ語でピュシスと呼ぶ。

 しかし人間は、そのことをすっかり忘れて、計画どおりに、規則正しく、効率よく、予定にしたがって、成果を上げ、どこまでも自らの意志で生きているように思いこんでいる。これが脳が作り出した「自然」で、ギリシャ語でロゴスを呼ぶ。

 だからこの両者は、本質的に対立関係にあるわけだ。ロゴスは、制御できないピュシス、つまり生と死、老い、病などを恐れ、あたかもそれらはないのであるかのように無視し、隠蔽し、タブーに押し込めた。しかし、本来制御できないピュシスは、どんなに制御しても、その網の目をかいくぐって顕われる。その顕われが、今回のウィルス禍ではなかったかと、福岡さんは言われる。なぜならウィルスも生命の環の一員であり、ピュシスを綾なすピースなのだからと。

 この福岡さんのエッセイを読みながら思ったのは、「これ、仏教の四苦と煩悩の関係だな」ということだった。仏教では人間の根本的な苦悩を四苦(生・老・病・死)と押さえている。老いる苦しみ(老苦)、病気になる苦しみ(病苦)、死んでいかねばならない苦しみ(死苦)、生苦とは、この世に生を受けたと同時に、老病死の人生がスタートしてしまうということだ。老も病も死も、生命体である以上極めて自然なことである。それなのに、なぜそれが「苦」をなるのか。「苦」と見なすものの正体とは何なのか。仏教ではその正体を「煩悩」という。老病死を自分にとって都合の悪いもの、マイナスだと忌み遠ざける心が、それらを苦しみにしてしまう。その自己中心の心こそが、煩悩の根源なのだ。しかし、どんなに遠ざけようとしても、老病死は私たちから離れることはない。それは、受け容れるしかないものなのだ。

 エッセイの最後を、福岡さんはこう締めくくる。「レジスタンス・イズ・フュータル(無駄な抵抗はやめよ)と言おう。私たちはつねにピュシスに包囲されているのだ」と。



◎「読書日記」(2020.7.3)

 『夏物語』(川上未映子著・文芸春秋) 

  「生まれてくれてありがとう」「産んでくれてありがとう」ー。対句のように使われるこの言葉が、かならずしもイコールではないこともある。「なぜ私を産んだの?」そう発せずにはおれない声を、この本は伝えてくれる。その声は、どこから発せられるのか。この本の第一部では「貧困」と「親との激しい葛藤」からであり、第二部では、高度生殖技術「AID」(非配偶者間人工授精)によって生を受けた人々の苦悩から発せられている。自らのアイデンティティの半分が奪われている苦悩。「いのち」はすべからく善なのか、尊いのか、そんな問いも行間から滲んでくる。

 主人公・夏子は迷い悩みながら、「AID」で生まれた男性との間に、子どもを持つことを決意する。そこに至らしめたのは、その男性の「にもかかわらず、生まれてきてよかった」という思いであり、彼女自身の家族から慈しまれた記憶と、身近な者たちの生老病死の手触りだったと思う。問いに満ちた、でもその問いが光であるような作品だ。


『戦争までー歴史を決めた交渉と日本の失敗』(加藤陽子著・朝日出版社)

 国家が重大な岐路に立たされた時、何をどのように選択するのか。選択する時に、何を「ものさし」として考え決断するのか。著者は「歴史の物差しで、図ってみよう」と語ります。

 第二次世界大戦に至る日本の重大な岐路となった『リットン報告書』「日独伊三国同盟」「日米交渉」。日本がどのようなプロセスを経て、何を選択し、それがどのような結果をもたらしたかを、史料を丹念に読み解きながら示します。一つの選択に至るまでの煩悶やせめぎ合い、つまり人間のドラマが、息詰まるような緊迫感で迫ってきます。

 「一本の線としての歴史ではなく、面でもなく、厚みのある立体としての歴史が目に浮かぶようになったら、これはもうしめたものです」著者の言葉です。歴史を線や面だけで見ると、偏見や個人の感情が過度に絡みついた歴史観が往々にして生まれやすい。そうならないためにも、残された史料、つまり先人の思索や試行錯誤の足跡を、その時代の空気もろともに虚心に読み解いていく。学んでいく。そのことがいかに大切かを教えてくれる本です。

 前著『それでも日本人は「戦争」を選んだ』とともに、日本の近現代史を考えるときに、必ず開きたい「ものさし」のような本です。


◎「向かい合うこと」(2020.7.1)

 喫茶店で、恋人同士と思しき男女が、テーブルをはさんで座っている。二人が見ているのはスマホの画面。いっしょにいるのに向かい合っていない。そこにいるけど、そこにいない。

 中学生が数名たむろしている。彼らの手にもスマホ。それぞれゲームに夢中だ。誰も向かい合っていない。誰もそこにいない。

これはもう、見慣れた日常の風景だ。

 人間が生まれて人間になるために、まず必要なものは「まなざし」だ。見つめられ、声をかけられ、言葉をかけられることが、大人や世界に対する信頼感を育む第一歩だ。ちゃんと向かい合ってもらえないために、不安感の強い情緒の安定しない子どもを、これまで幾人見てきたことだろう。

 モーリス・センダックの絵本『父さんがかえる日まで』(1981年初版)が、このたび詩人アーサー・ビナードの新訳で再出版された。この作品は「かいじゅうたちのいるところ」や「まよなかのだいどころ」とともに、センダック自身が三部作と位置付けている重要な作品だ。旧約と比べると物語性が際立ち、「なるほど、こういうことだったのか」と腑に落ちる。

 主人公の少女・アイダは、船乗りの父親に妹の面倒を見ることを託されるが、自分のことに夢中で妹としっかり向き合わなかったために、ゴブリン(邪悪な妖精)たちに妹をさらわれてしまう。しかし、その後遠くの父親の声(思い)に導かれながら、妹を取り戻すことができる。

 「アイダはいもうとをしっかりだきあげて、いえへかえります。ほんとうの川のながれにそって、いもうとと見つめあいながら。」

 向かい合うこと・見つめ合うことを取り戻した時、大切なものを取り戻すことができる。ゴブリン(邪悪な妖精)は、向かい合うこと・見つめ合うことを阻害するものの象徴だろう。

 現代社会におけるゴブリンとは何なのか。よくよく思いを凝らしたいものである。




◎「信心 生きる力となる(『心のともしび』7月の言葉)」(2020.6.30)

 「信心」とは、信じる心と書くように、一般的には神仏を信じること。またその心」のことです。

「鰯の頭も信心から」とか、「信じる者は救われる」とか、「もっと信心しなさい。いいことがないのは信心が足りないから」とか、いわれますが、そこには「私の心は大丈夫」という慢心があるのではないでしょうか。しかし、私の心ほどあてにならないものはありません。「心ころころ」と言われるように、ちょっといいことがあれば有頂天になり、ちょっと思い通りにならなければへこんだり、縁次第・状況次第で変わっていくのが私たちの心です。

 神仏に一生懸命祈願して、願いが叶えば「おかげさま」。願いが叶わなければ「神も仏もあるものか」と、恨みや怒りをあらわにする。ことほどさように、あてにならないのが私たちの心です。そのような心で神仏に祈るということは、言葉を換えれば、自分の欲望をどこまでも拡大していくために信心を利用しているということです。欲望は叶えばかなうほど成長していきます。欲しいものが一つ手に入れば、今度はもっといいものが欲しくなる。そのようにして拡大されてきたのが、今の世界の、社会のありようです。結果、何が起きているのか。今回のコロナウィルスのことなども含めて、よくよく考えてみなければならないでしょう。

 浄土真宗の信心は、「二種深信(にしゅじんしん)」と表されます。一つは「機の深信」で、これは、私は煩悩だらけの存在であるということを深く信ずる心です。もう一つは「法の深信」で、これは私たちに、煩悩だらけの存在であるということを知らせ、だからこそ必ず救うと誓われた阿弥陀如来のお心(本願)を深く信ずるということです。この二つは別のものではなく、浄土真宗の信心を二つの側面から説明しています。煩悩から離れられずに苦しんでいる私がいるから、阿弥陀如来は何としても救いたいという願い(本願)を起こされた。その願いを疑いなく聞入れることが「信心」なのです。

 神仏の力を借りて、何か特別のものになるのでもない。阿弥陀如来の本願によって私の「ありのままの姿」に気づかされ、ありのままの姿を認められ、ありのままの姿に頷きながら私の人生を尽くしていくのです。私が私として生きていく力になってくださるのが、如来より賜った「信心」なのです。

 

 


◎「美しいものを」(2020.6.26)

 今月から、昴組(年長児)のお茶のお稽古が始まった。「昴組になったら、お茶室でお茶のおけいこができる!」と、お兄さんお姉さんになった特別感とともに、楽しみに待ってくれる。お菓子の楽しみが90%を占めるのかもしれないが。

 お稽古はまず歩き方から。お茶室に入る時は敷居は踏まない。畳のヘリは踏まない。歩くときは畳の真ん中を。座る時には静かに畳に手をつかずに。立ち座りの作法も伝える。

 次は挨拶。指をきちんとそろえて(そうすると、奇麗なので)、相手の目をしっかり見て「よろしくお願いいたします」言葉を言い終わってから、頭を下げる。

 お菓子をいただくときの挨拶や作法、お茶をいただくときの挨拶や作法、茶碗の拝見の作法など、初めてのことに、子どもたちも緊張しているのがよくわかる。「大丈夫。今までの昴組さんたちも、最初はうまくできなかったのよ。お稽古したらちゃんとできるようになります。」と言いつつも、毎年のことながら内心「いやにならなければいいけど…。」と一抹の不安もよぎる。

 今日、3時のお茶を飲んでいる時、主幹が「今朝、保育室に入ったら昴組の子どもたちが、指をそろえて挨拶したり、お先にとか、お菓子頂戴いたしますとか、楽しそうにやっていました。」と伝えてくれた。良かった。遊びの中に溶け込んでいたのなら大丈夫。

 子どもたちの傍らにいて思うことは、子どもたちの心に少しでも美しいものを残してやりたい、ということだ。日本の豊かな四季が育んできたお茶の世界。その中にちりばめられた美を、ひとかけらでも子どもたちに届けられたらと思う。




◎「読書日記」②(2020.6.25)

『戦火のセルビアー食物の記憶』(山崎佳代子著・勁草書房)

 「夫を亡くしてこんなに悲しいのに、やっぱり食べている。それがまた悲しい」

 以前、満中陰(四十九日)法要の折に、ご門徒の女性が口にされたこの言葉。生きることは食べること。それは喜びの体験であり、また悲しみの体験でもある。心に深く染み透った言葉である。

 この本は、個々人の食物の記憶を聞き取ることを通して、ユーゴスラビア内戦を描いたものだが、新聞やテレビなどからは見えてこなかった人々の生活や感情が浮かび上がってくる。 

 喜びも悲しみも、人生の記憶は食物とともに。バルカン半島の文化を深く愛し、その複雑な民族の歴史を知悉し、彼の地で生きる著者だからこそ書くことのできた本だと思う。


『子どもたちの階級闘争ーブロークン・ブリテンの無料託児所から』(ブレイディみかこ著・みすず書房)

  同じ著者の手による『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読まれた方もおられるかもしれない。

 階級社会・英国で、その社会をリアルに反映する「元・底辺中学校」に進学した、英国人の父と日本人の母を持つ少年(著者の息子)の成長物語で、大変なベストセラーになっている。

  『子どもたちの階級闘争』では、著者が英国の「底辺託児所」に保育士として身を置いたことで、政治に関心を持つようになったプロセスが描かれている。そしてそこから照射される階級社会・英国のさまざまなありよう。華やかな王室や、賞賛の対象になる文化や伝統だけが英国ではない。

 「政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ」という、著者の言葉に頷かされる。


◎「見ること」(2020.6.24)

  昨日のDiary、アップしてから見返してみると、最後の方、「自粛」のはずが「自塾」になってた。他にも文章の抜けたところが…。プレビューでちゃんと見たつもりだったが、見ていなかった。見えていなかった。「大丈夫」という慢心もあったのだろう。「見る」というのは難しいことだ。

 さて、お釈迦さまはさとりに至る方法を「八正道(はっしょうどう)」と示された。文字通り八つの方法だが、その中の一番目で、一番根本的なものといわれるのが「正見(しょうけん)」である。偏った見方をせず、ありのままにものごとを見る、ということだ。

 翻って私たちはどうだろう。私たちはものごとを見る時、必ず「自分の思い」や「自分の都合」を通して見ている。自分が見聞きしたことがすべてだと錯覚しがちである。錯覚だけならまだいいが、それを「正しい」と執着する。だから、争いが絶えなくなる。喧嘩や争いは、「正しい」と「正しい」のぶつかり合いだ。

 「そうですか。あなたにはそう見えるのですね」とか「あなたはそう思うのですね。私はこう思いました」と、違う見方を排除せず尊重し合えれば、この世はユートピアになるのかもしれないが…。

 まずは、ものごとを見る時、必ず「自分の思い」や「自分の都合」を通して見る私である、と自覚することが大切なのだろう。

 


◎「自粛ーその先にあるもの」(20206.23)

 鳴り響いた「自粛」の合唱も、だいぶ音量が絞られてきた。でもそれは絞られただけで、通奏低音のように水面下に流れ続けている。

「緊急事態宣言」や「移動自粛令」が解かれて、一気に人が動き出した。旅行会社には予約が殺到。飛行機も便によっては100%の搭乗者数だと聞く。さもありなん、あれは自粛ではなかったのだ。自粛というのは自らの意志で、自らの判断で慎むものであって、他から言われたらそれは「他粛」であり「強粛」である。強制されたことを、誰がいつまでも続けるだろうか。「もう、あきあきした!」というのが本音だろう。

 「新たな日常」「新たな生活様式」というが、生活や日常という私的な領域に、その内容の一つ一つの是非は別として、違和感を感じるのは私だけではあるまい。

 そう、今から80年ほど前、日本が戦争に突き進む時に、国民を柔らかく縛っていったのも「自粛」(パーマネントやカフェや映画館など)であり、昭和15(1940)年に大政翼賛会が説いた「新生活体制」だった。お互いにお互いの行動を牽制させ、日常の生活のレベルで戦時体制を作っていく。そしてその先には…悲惨な結果が待っていた。

 100年足らず前に、そんな歴史があったことを知っていて悪いことはない。そして何より自分で考えることだ。世の中の空気に違和感を感じたら、その違和感を率直に表明したり、語り合ったりすることだ。「自塾」の罠にからめとられないためにも。




◎「朝採れトマト」(2020.6.22)

 昼食の明太子パスタに入れる青紫蘇の葉を、お寺の女性の会の会長さん宅へいただきに伺いました。

 季節の花々で彩られた庭先。雑草が適当に生えた畑は、人と自然の間にくっきり線を引かない曖昧さが心地良い。つやつやと色づき始めたトマトをめぐっては、これからの時期カラスとの攻防が待っているとのこと。

 今度のコロナのことで感じたことのひとつに、身近に土のあることの安心感と心強さがありました。そう、土があればなんとかなる。『風と共に去りぬ』の中で、父親がスカーレットに、土地というものがいかに頼りになるものであるかを語る場面があります。その後、戦争や離別など人生の荒波に翻弄されるたびに、彼女を支えたものは故郷タラの大地でした。

 さつま町の出身で、鹿児島市内でレストランを経営する若いオーナーシェフが、「コロナで大変でがんばるだけがんばるけど、いざとなったら田舎に帰って農業をします。」と言っていたっけ。よかったね。帰る大地があって。

 その朝いただいたものは、青紫蘇の葉、ニンニク、そして朝採れトマト。トマトのみずみずしさに誘惑されてそのまま丸かじり。清らかな朝が体の中を通り抜けていきました。



◎「水辺の子どもたち」①(2020.6.20)

  世界四大文明が大河の周辺で出現したように、水辺は人や物などの交流を促し、創造的な営みを活発化させます。

 子ども園の園庭には素掘りの池がありますが、ここは水生の生きものの住処であり、子どもたちの遊びが生まれる場所でもあります。

 池に渡した一本橋や石の上で、日々紡がれる子どもたちのドラマは、太古から脈々と受け継がれてきた人間の営みを再現したものなのでしょう。

 上は、池に張った藻を集めているところ。ままごと遊びの中の「食材」になります。(わかめスープとか)。下は、一本橋を揺らす男の子と、池のほとりに咲いたノコギリソウです。


◎「季節の贈りもの」①夏椿(2020.6.19)

 夏椿は、椿と違い常緑樹ではなく落葉樹です。その名の通り夏に白い清楚な花を咲かせます。

 ただし、いわゆる「一日花」で、朝咲いて夕方には散ります。別名を「沙羅」。沙羅といえば思い起こされるのが、お釈迦さまが入滅された場所が、クシナガラの沙羅双樹の樹下であったこと。同じ種類なのかどうかはわかりません。

 平家物語の一節に「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり 沙羅双樹の花の色…」とありますが、それはクシナガラの沙羅双樹とは別の種類だそうです。

 「夏椿うすくすずしき花の色 沙羅とし言えばさらにすずしき」(石本隆一)

写真は、子ども園の夏椿。朝はすずしげなその花も、夕刻にはハラハラと散っていきます。その散り姿にも風情があり、カメラにおさめました。



◎読書日記①(2020.6.17) 

『モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語』(内田洋子著・方丈社)

 新聞広告や書評で見て、心惹かれつつそのままになっていた一冊。一月ほど前書店に行ったとき、パッと目に飛び込んできました。『ああ、やはり出会うべき本だったのだな」と。

 貧しい村の人々が生活を立てるために始めた本の行商。人々のもとに本当に良い本を届けるのだ、という矜持の中で本を選び抜き、本を届ける旅をつづけたその営みが、やがて現代にいたる出版の企画から販路・流通の仕組みの創出や書店経営の基礎を作っていきます。

 村の碑文には、こんな言葉が刻まれています。

 「この山に生まれ育ち、その意気を運び伝えた、倹しくも雄々しかった 本の行商人たちに捧ぐ」

本とそれにかかわる人々の胸熱くなる物語。何か壮大な愛の物語を手渡されたような気がしました。


「虫一匹も殺さないような顔をしていても、れわれは本質的に暴力的です。人間は他と生きていくものですが、

他というの地は自分にとって思い通りにならない存在です。だから人間は存在そのものが暴力的なのです。

思いどおりにならない他社と生きていくとき、それを自分の思いどおりにしようとすれば、暴力的に自分を

押しつけていかなければならない。」(平野修)

 平野先生と出会ったのは、今から27年ほど前のことです。親鸞聖人の教えを、宗派を超えて学びたいという願いの中で始まった学習会。その学習会のご講師が平野先生でした。石川県にある真宗大谷派の寺院の住職であり、九州大谷短期大学教授であった先生は、確か2年ほど隔月で来鹿して下さいました。

 銀髪の物静かな佇まい。テキストもノートも一切見ないで、目を閉じ指を組んで、自らに問い語りかけるような、言葉一つひとつをご自身の一番深いところから紡ぎだすような先生の講義。

 聴く者の心にぐさりと切り込んでくるような言葉。それはそれまで聞いたことのない、でも私が一番聞きたかったことはこれだったんだと、そう思わせてくれるものでした。これからずっと先生を師として学んでいこうと思っていた矢先、先生は病を得てご往生されました。行年52歳。あまりにも短いご生涯でした。

 今、私は先生の著作(そのほとんどは講義録)をあたらめて読み返しています。そして、先生の言葉に触れながら、もし生きておられたら、どんな言葉を私たちに届けてくだるのだろうとの思いが、ふつふつと湧いてくるのです。(2020.6.15)



 この度、ホームページに「住職diary」のコーナーを設けました。浄土真宗の教えのこと、読んだ本のこと、子ども園のことなどを、写真を交えながらお伝えしたいと思っていますので、よろしくお願いします。



み教えに遇うー彼岸会と永代経に寄せて 2-2(2019年)


 私たちは皆、一度しかない人生を意味あるもの価値あるものにしようと、日々努力を重ねています。知識を蓄えることも、仕事のスキルを磨くことも、より良い人間関係を築くことも、健康であることも、人生を豊かに確固たるものにするために必要なようなことです。


 しかしそれらは、老・病・死の現実の中でやがて崩れていくものであり、まして死を前にした時に私たちを支え守ってくれるものではありません。


 人生を豊かにしてくれるものと、人生を救ってくれるものは別です。それを私たちは混同しているのではないでしょうか。確かでないものを確かであると錯覚している私たちにそれらを知らせ、私たちの全存在を根本から支えて下さるものに出遇っていく、み教えに遇うとはそういうことです。


 お寺で勤まる法要はすべて、私たちがみ教えに遇うための機縁の場です。彼岸、そして秋季永代経法要、ご門徒の皆様お一人おひとりの参詣をお待ちしております。




み教えに遇うー彼岸会と永代経に寄せて 2-1(2019年)

 

 「お彼岸」とは、春分・秋分の日(彼岸の中日)をはさんだ前後七日間おわたって行われる日本独自の仏事・法事です。暑からず寒からず仏道修行に適したこの季節に、人々はお寺にお参りして、仏さまのお話に耳を傾け、日常生活の中で仏さまの教えを実践したのです。


 さて、今、朝日新聞の日曜版に『それぞれの最終楽章』という、人々の終末期に寄り添う仕事をしておられる方々のリレーエッセイが連載されています。ここ数週は、大阪淀川キリスト教病院チャプレン(病院常駐の牧師)・藤井理恵さんが書いておられますが、毎回わが身に引き寄せて深く肯かされることばかりです。


 「自分の人生は、本当にこれでよかったのか」「私は、赦されるのか」「私という存在の意味は」など、藤井さんが出会われた終末期の方々の苦悩ですが、死を前にしてもしなくても、どれも人間にとって根本的な問いです。


そうでありながら、日々の忙しさに埋もれて見えなくなっていたものが、死を前にごまかしようもなくあらわになってくるのでしょう。


死を前にして立ち現れる問いは、それを解決できなければ、何のために生きてきたのかが不明のままで終わってしまうほどの一大事なのです。


           つづく 







振り返れば 出会いあり 別れあり

(『心のともしび』12月の言葉)

 先日あるお宅にご法事で伺ったところ、仏花に菊などとともに千両が活けられていました。それを見ながら、ああ、後ひと月ちょっとでお正月がくるのだな、その前にあれもしなければ、これもしなければと、少し焦りのようなものを感じたことでした。

 今年一年を振り返れば、さまざまな出来事が脳裏によみがえってきます。うれしいこと楽しいこともありましたが、あまり思わしくないこともありました。

 また、新しい出会いもありましたが、悲しい別れもありました。

 「出会いは人生を豊かにし、別れは人生を深くする」という言葉がありますが、まさに人生とは、「出会いと別れによって紡がれる物語」と言えるのではないでしょうか。


 皆さんは『わすれられないおくりもの』という絵本をご存知でしょうか。こんなストーリーです。

 動物仲間たちから慕われているアナグマがいました。アナグマは賢くて物知りで親切で、みんなに頼りにされています。

 しかし、そんなアナグマも年を重ね老いていきます。やがて自らの死期を悟ったアナグマは、みんなに手紙を残して静かにこの世を去っていきました。残された仲間たちは深い悲しみに包まれます。

 やがて深い雪に閉ざされた冬が去り、春が来て外に出られるようになると、仲間たちは集まってアナグマの思い出を語り合いました。

 モグラはハサミの上手な使い方を教わったことを、カエルはスケートを教わったことを、キツネはネクタイの結び方を教わったことを、ウサギの奥さんは料理を教わったことを・・・。こんな風にアナグマは一人ひとりに、別れた後も宝物になるような、お互いに助け合えるような、そんな豊かな知恵や工夫を残してくれたのです。そしてみんなでお礼を言うのでした。「ありがとう、アナグマさん。」と。


 「愛別離苦(あいべつりく)」の教えのとおり、私たちは出会った以上、どんなに愛する人とも大切な人とも、いつかは別れていかなければなりません。でもそれで終わりではないのです。出会いの中で培われた豊かな時間は、残された人のその後の人生の時間をずっと支え続けてくれるのです。

 人は失って初めて、そのことの大切さや有難さに気づくものですが、私たちは別れを通して「感謝」の深い意味を知るのかもしれませんね。





無明 ー 自分の愚かさを知らないこと

(「心のともしび」11月の言葉)


 以前、「人間は知っていること以外は知らない

存在なのですよ」と言われ、ハッとしたことがあ

ります。

 東日本大震災の時に、「想定外」という言葉が

ずいぶん使われましたが、私たちは所詮「想定内」

でしかものごとを考えられない存在なのでしょう。

 このように私たちは、いろいろなことを知って

いる・わかっているつもりでいますが、あくまで

「つもり」であって、実際には、世界のこと、社会

のこと、人間のこと、自然のことなど、いったいどれだけのことがわかっているのでしょうか。

 肉眼で見える範囲は限られていますし、見えたものも、自分の知っている範囲でしか認識できません。自分が見て分かった一部を全部であるかのように思い込んで「これはこうだ」と決めつけたりします。

 歌手の加藤登紀子さんが、新聞に亡くなったお連れ合いを偲んで「昨日は夫の14回目の命日。14年たってやっと夫のことがわかってきたような・・・」と書いておられました。私たちはややもすると、いっしょに暮らしているから、家族だから、夫のことは妻のことは子どものことは全部わかっている、と思い込んではいないでしょうか。でも実際は、近くにいるから、いつもいっしょだから見えなくなるものだってあるのです。もっと言えば、自分自身のことだってどれだけわかっているのか・・・

大いに疑問です。鏡に向かってニッコリ笑っている顔だけが私の顔ではないのです。

 「無明」とは、何もわからないことではない、すべてわかったつもりでいる心のことだ」という先人の言葉がありますが、ただ自分の知識と経験だけを頼りにして「何でも分かっている、教えられなくても知っている」という心を愚かな心といい、それが人間を迷わせたり誤らせたりする根源なのですよと、教えて下さるのが仏さまの教えです。

 「無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり」と親鸞聖人は述べておられますが、阿弥陀如来の智慧の光に遇うことで、自分が無明の存在であることに気づかされます。気づいたその時から、光に照らされつつ歩んでいく道がひらかれていくのです。






流転 ー 人は得意なもので迷う

(「心のともしび」10月の言葉)


   人間誰しも、時運の思いどおりにことが運ぶと得意になり、どうかすると傲慢になったりします。

 得意の絶頂の状態を「有頂天になる」と言ったりします。

「有頂天」を辞書で引きますと、「喜びで舞い上がるさま。ひとつのことに夢中になり、うわ空になること」とありますが、実は元をただせば「有頂天」という言葉は仏教語なのです。

 「有頂天」の「天」は「天界」を意味し、そこに住む人を「天人」と言います。このことから、有頂天になるとは、頂上世界に安住して自分を忘れてうわの空である状態を指すようになったのです。

 ただし、頂上まで上りつめたとしても、いつまでも頂上にとどまれるわけではありません。必ずいつかは降りなければならないのです。たとえば今を時めく芸能人や名棋士たちが、やがては若い才能にその地位を脅かされるようになります。

将棋界でも名棋士たちが、中学生の藤井四段に次々に敗退していることはご承知の通りです。

 天界の住人である天人も、死の直前には輝きを失い誇りを失い、自信も気力も萎えていき、天界という考えうる限り最も恵まれた境遇すら喜び楽しむことができなくなる、とお経には説かれています。「有頂天」の状態は、人間に自分を見失わせてしまう、ということなのでしょう。

 ある人に「いいことが続くときほど足元をしっかり見て、気を引き締めなければいけないよ。」と言われたことがあります。

 ものごとが順調にいくと、あたかもそれは自分だけの力で成されたかのように錯覚したり、自分を省みることが疎かになり、思わぬ失敗を招いてしまうということなのでしょう。


 「有頂天」にならぬよう、地に足をつけてしっかり歩きたいものです。


眼を開けば どこにでも教えはある

(「心のともしび」9月の言葉)

 私たちは生まれてこの方、親や家族をはじめ、多くのご縁のあった方々から、人間として生きていくうえで大切なことを「教えられて」成長してきました。

 また今現在も、さまざまなご縁の中で大切なことを教えていただきながら生きています。

 子ども園では子どもたちの姿に、人間の心や体の成長・発達の過程をおしえられると同時に、私たち大人のあるようや、今の時代・社会の課題も教えられます。

 昔から言われるように、まさに「子は親の鏡」であり「社会の鏡」でもあることを日々感じます。子どもの言葉や行動に教えられながら育て、寄り添う大人も育てられていくのが子育てであり、保育・教育というものなのでしょう。

 また、大切なことを教えてくれるのは何も人間には限りません。山や川、庭の木々や季節の花、そして昆虫などの生きものは、私たちに自然の不思議さや豊かさを語りかけてくれます。

 

 ただ教えは、それを受取ろうと思う心がなければ素通りしていきます。「心の眼」が開かなければ、大切なことは見えてこないし聞こえてこないのです。

 金子みすずの詩『星とたんぽぽ』には、みすずの「心の眼」がとらえた真実の世界が描かれています。

  「青いお空のそこふかく

   海の小石のそのように

   夜がくるまでしずんでる、

   昼のお星は目に見えぬ。

      見えぬけれどもあるんだよ、

      見えぬものでもあるんだよ。」

        (『星とたんぽぽ』金子みすず)


 「心の眼」が開けば、ふだん見慣れているものでも、これまでとは違って見えたり、見えなかった部分が見えたりすることでしょう。見えるということは気づくということであり、教えられるということです。

 「なるほど!」「そうだったのか!」という発見や驚きが多いほど、人生は豊かになると思いませんか。


争いの種は私のの心から生まれる

(「心のともしび」8月の言葉」)

 暑い日が続いています。さて、8月は戦争や平和について考える機会の多い月です。

 日本は第二次世界大戦後、戦争に国民を送り出すこともなく、他国の人を殺したり久傷つけたりすることなく70年余りを過ごすことができました。世界中で戦争や紛争が絶えない中、このことは本当に有難いことであり、世界中に誇ってよいことなのではないでしょうか。

 さて、親鸞さまの先生である法然さまは武士の子どもでした。お父さんは国を治めるお役人でいしたが、戦争に巻き込まれていのちを落とされます。最後に少年だった法然さまに残された言葉が「決して私の仇(かたき)を取ろうとしてはならない。もしおまえが私の仇を取れば、その子どもがおまえのいのちを狙うだろう。だからおまえは怨(うら)みを忘れてお坊さんになって、仏さまの教えを伝える人になってほしい」というものでした。


 お釈迦さまは「この世においては怨みに対して怨みをもって返すなら、いつまでも怨みが消えることはありません。怨みを捨ててこそ怨みは消える。これは永遠の真理です」とおっしゃいました。

 やられたらやり返したいのが人間の心です。でもそれではいつまでたっても争いはおさまりません。また、争いはそれぞれの「正義」のぶつかりあいです。自分は正しいと思うからこそ、相手を攻撃するのです。これは何も戦争に限ったことではなく、私たちの日常の争いごとやもめごとも同様なのではないでしょうか。

 自分が正しい、という思い込みを少しおいてみる。相手の言い分も聞いてみる。

 それだけでも、争いはずいぶん減りますよ、と仏教は教えています。


無常ー この夏もやがてあの夏になる(2017年7月)

 み仏さまと親鸞さまをご安置してある<つるだ同朋子ども園の玄関ホール>には、できるだけ季節の花を飾るように心がけています。季節の花が一輪あるだけで、その空間には生き生きとした空気が流れるような気がします。しかし、その花もやがては枯れていきます。

 私たち日本人にとって、花といえば桜をさすほど桜は特別な花です。しかし、美しく咲き誇る桜も、雨や風を受けてやがて散っていきます。とても惜しい気がするのですが、もし桜が散らなかったら、私たちはこれほど桜の花に思いを寄せないかもしれません。散るからこそ、一年に一度しか見ることができないからこそ、桜の美しさは私たちに鮮烈な印象を残すのです。

 すべてのものは変化し移ろっていく、という考えを仏教では「諸行無常(しょぎょうむじょう)」といいます。人間が年を取りいつか死んでいくのも諸行無常なら、子どもが赤ちゃんからおとなへ成長していくのも、またたく間に今年が去年になっていくのも諸行無常です。一瞬一瞬がとどまることなく移ろっていく、そんな時間の流れの中に存在しているのが私たちなのです。

 

 詩人の高見順は、がんの宣告を受けた後、こんな一文を綴っています。

 「電車の窓の外は、光に満ち喜びに満ち、生き生きと色づいている。

 この世ともうお別れかと思うと、見なれた景色が急に新鮮に見えてきた」

 

 自分のいのちの限界を知った時、今まであたりまえだった風景が、あたりまえではなく「有り難い」ものと受け止められるようになるのでしょうか。

 一瞬一瞬を尊く愛おしいものと受け止めることができるようになるのでしょうか。

 「諸行無常」は移ろっていくからこそ、今この一瞬を大切にしなさい、と私たちに教えてくれています。